ブラジル県人会創立55周年、富山県・サンパウロ州友好提携30周年を記念した県南米親善訪問団に副団長として参加させていただきました。南米訪問は初めてであり、また今後なかなか行けないだろうとの思いから、大変期待しての旅路でした。
富山空港に集合してから、成田、米国アトランタ経由でサンパウロに降り立つまで約35時間。やはり遠い国でありました。明治43年第一回のブラジル移民船旅順丸が、富山県人3家族10名を含む906人を乗せて、神戸港からサントス港まで2ヶ月近く係ったことを考えると、当時は南米の地に到着するまでにも大変苦労されたことだろうと思いを馳せ、胸が熱くなりました。
ブラジル、アルゼンチン、ペルーの三ヶ国それぞれの地で、本当に心温まる歓迎を受け感激しました。特に県人が中心となって開拓した通称「富山村」のミランドポリス市第3アリアンサ地区では、住民100人余りが参加し、手作りの料理をごちそうになりながら、入植した先人の苦労に思いをはせながら親睦を深めました。しかし、地区で富山県をルーツに持つ人は残り数世帯だけであり、またその家庭も子どもさんが都市部で生活しているということであり、今後の交流のあり方も知恵を出していかなければならないと感じさせられました。
帰国後、移民当初の様子をもう少し詳しく知りたくなり、議会図書館で昭和54年に発行された「第三アリアンサ創設50年誌」平成元年に発行された「富山県南米移住史」を借り出し一読して見ました。アリアンサ入植間もないころのテント小屋での生活や「開拓の祖」と言われる松沢謙二氏らの写真などみると、当時の未開の地での開拓事業は我々の想像を絶するものがあったと考えさせられます。
南米移住から始まった富山県との長い歴史、三ヶ国の県人会との交流は、それぞれ状況も違いがありますが、関係者の富山県を思う気持ちは、我々の考える以上であると感銘を受けました。日本語学校、県費留学生や海外技術研修員の受け入れなどに対する感謝の気持ち、そして今後の継続を強く望む声を現地で多く聞きました。
今回の南米訪問で得た貴重な体験を、これからの議会活動で活かすとともに、ブラジル、アルゼンチン、ペルーの南米格好との友好交流進展により一層努めていきたいと考えています。